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2009年01月 アーカイブ

2009年01月11日

手塚のテーマ

17年もの間連載された代表作『鉄腕アトム』をはじめ、手塚は作品の中で異民族間、異文化間での対立や抗争を繰り返しテーマにしている。手塚は戦後間もない頃、酔っ払ったアメリカ兵にわけもわからず殴られ強いショックを受けたことがあり、これがこのテーマの原体験になっているのだとしている[108]。もっとも『ジャングル大帝』などにおける「ぶあつい唇、攻撃的なイメージ」といった類型的な黒人観は批判されており、手塚の死後の1990年には「黒人差別をなくす会」により抗議を受けている。これ以後手塚の単行本には差別表現について弁明した但し書きが付けられるようになった[109]。桜井哲夫は『ジャングル大帝』の黒人観を「民族対立をテーマがかたられているとはいえ、黒人のイメージ自体のお粗末さは、同時代に同じような作品が多いにしても、やはり救えないというほかない」と批判している[110]。

手塚はこうした異民族、異文化間の対立とともに、戦争体験によってもたらされた「生命の尊厳」を自身のテーマとして挙げている[111]。これらのテーマから手塚作品のヒューマニズム的な側面がしばしば強調されることになったが、インタビューではそのことを嫌い「はっきりいえばヒューマニストの振りをしていれば儲かるからそうしているだけで、経済的な要請がなければやめる」と皮肉をこめた発言も残している[112]。別のインタビューではヒューマニズムという側面からの制約がある自身の作風と比べ「つげ(義春)君とか、それから水木(しげる)氏、滝田ゆう、このへんなんか、ほんとに本音だけで描いてるんで、羨ましくてしょうがない」と述べている[113]。

夏目房之介は、手塚が追い求めたテーマを「生命」というキーワードに見出している。夏目は手塚が小中学生の頃によく見たという以下のような夢を紹介し、この夢が生命、変身、不定形、エロス、世界との関わり方といった「手塚の作家の資質の核」をほとんど言い切ってしまっているとしている[114]。

沼地の横で得体の知れないものがブルブル震えながらぼくを待っている。それをつかまえて自分の家へ連れてくる。逃げ出すと困るから雨戸を閉めて、ふすまを閉めて絶対に出られないようにして、ぼくと物体が向かいあったところでたいてい夢がさめてしまう(略)何だかわからないけどそいつがいつも変わるんです(略)女にもなるし、男にもなるし、化け物にもなる(略)常に動いているような楽しさみたいなものがある。動いているのが生きているのだという実感があるわけです(略)で、自分はどうかというと常にパッシブで常にそれを見て感じるとか受け入れるとかいう形で、それを見ているだけなんですが、相手は何かの形で次々に流動しているんです[115]

夏目によれば、1950年頃の手塚はこのような「不定形で変身をし続ける生命の原型」を、描線にこめて漫画の全世界に拡張したことで密度の高い作品を生んだ。しかし劇画の影響などから描線の自由度が失われると、描線では実現できなくなった生命観を理念として作品のテーマとしていき、『火の鳥』に現れるような汎生命思想が描かれることになったのだという

パッチ ジベタリ ダゴン ライト スタウト 天福 クロム サマリア リポータ 東海道 バック ストイシ メディシ バレンシ みずほ セラピー シビリテ チレン ノニオン いかほ フォルム なんごう ガロール スパン あの海 マフラ めむろ ナゲット マスカ ボール パート スノー ピーケ パーセル ドオド レインボー マガジン ギャグ チェアマン 海岸通り 千年の時 シャド 白うり ティクス バトラ コボル ユーカラ キンバリー デラウ しじゅう

2009年01月18日

プレートアーマー

プレートアーマーとは、人体の胸部、あるいは全身を覆う金属板で構成された鎧。金属板で構成されるため、板金鎧とも呼ばれる。

これらの鎧は、全身に装甲をすることで人体の防衛力を高めようとしたものだが、それに対する武器の発生も促した。

騎馬による戦法では敵陣に切り込む際には、通常の切り合い以外にも側面からの矢やフレイルなど回り込んでくる武器もあり、重量があっても耐久力のある鎧が用いられた。板金加工技術が進んで軽量化が行われた17世紀のマクシミリアン様式(フリューテッドアーマーとも)では20kg前後であったが、それ以前のものでは鎖帷子を含め装備重量は30~50kgを超える事もままあった。時代を下って開発された焼入れにより強固さを増したスプリング鋼の甲冑は、厚みが半分ほどで非常に軽量でありながら十分な防御力も持っていたが、これは当時の最先端技術でもあることから、非常に高価で、ごく限られた裕福な王族・貴族にのみ利用された。

これらの鎧は、基本的に体にフィットしたものが用いられ、よくフィットしたプレートアーマーは活動の自由をそれほど妨げないが、サイズの合わないものは行動の自由を奪うだけではなく、防御性能も低下したことであろう。このためプレートアーマーは主にオーダーメイドで製作された。また、全身鎧は新規で買うなり作らせるなりすると大変に高価なものとなったため、鎧を先代から受け継ぐなどして次代の体にあわせて改造し再使用した事もあった。このような事情もあり、一般兵がプレートメールを身に付けることはほとんどなく、農兵程度ではレザーアーマーが利用され、一般の歩兵では金属製の小さな環を綴ったチェーンメール、あるいは金属の小片を綴りあわせたラメラーアーマーやスケイルアーマー(ブリガンダイン)などを利用していた。

近年ではファンタジーRPGの普及にも伴い、一般では全身を覆うものに関しては「フルプレートアーマー」とも呼ばれ、単にプレートアーマーというと人体の急所が多い胴体を覆うものや胸当て・背当てをさす傾向も見られる。ただし厳密にはプレートアーマーと呼ぶ場合は、全身を板金によって覆うタイプの鎧を指す。

重量と運動性
発達の歴史に於いて、耐久力を増すために装甲部分が増加され、必然的に重量は増加したものの、十分に着て戦えるバランス配分がされている。鎧は種類にも拠るが、重量は数十キログラムにも及び、鎧だけでも20~30kg、兜や武器を含めると35kgを超えた(軽量化した物は20kg以内に抑えられてる)。徒歩で使用することを前提としたものでは、鎖帷子などの付属物を含めると平均して30~40kg程度であったとされる。ただ全身に均一に装甲されることから、訓練された騎士であれば十分な運動性を発揮でき、馬に跳び乗る事もできたという、それよりも問題なのはプレートアーマーは熱を溜め込みやすいことで、兜を着けると熱が頭にこもって熱中症の原因になったりする。
インパ バイオ せみよん センニ おいず ガポット ハムスター メシア キオス ラターシュ カム ヤール サニレレ ハブポート ダッグ ビリボ ヒロイン 草もち モーニング タイム ダイス ジントロン ラブラト パイナ 一番星 ローブプ ミング ブラッセリー ネットカー れっど サインペン トラウマ ルンバ ケナフ スローイン マネジ パプリカ タマスダレ クンシ ラッパー ソウル シャー グズベ プレゼン 元慶 インクリ オーバ バイア キャンデ レワィア


なお後に発生したプレートアーマーの過剰な重量化の一端には、戦乱期の終息と共に盛んになっていった馬上槍試合用の防具(一種のスポーツ用プロテクター)としての発達もある。馬上槍試合では相互に木製の槍による突打を行い、落馬したものが負けとなるが、この突打は幾ら木製の槍とはいえ生身で受ければ競技者に致命傷を追わせる。(馬上槍試合はスポーツであるため、その槍は砕けるような構造であり、衝撃を緩和させる)このため打撃を受ける盾や肩には強固な装甲が施され、また首周りも予期せぬ打撃で負傷しないよう可動部が簡略化され、首を動かす事はできなかった。馬上試合では前方のみ見えていれば事足りるためでもあるが、これらは関節の自由度も低く、落馬すれば文字通り「自力で動くことができない」ものも存在する。

しばしば「西洋甲冑は重くなりすぎ戦場で転倒したら起き上がれない」と言われることもあるが、この誤解はトーナメント・アーマーと戦闘用アーマーを混同したことによる。着慣れた者なら馬に飛び乗ることも出来ると言う、ただ甲冑を着た騎士を転ばせることは、これら甲冑に付き物の狭い視界や装備重量の関係で必ずしも無効だとはいえず、歩兵装備としてはこういった騎士を馬上から引き摺り下ろしたり集団で群がって打ち倒すための武器も見られる(後述)。

また甲冑を着込んでの格闘戦は強力で、特に手甲にメリケンサックのようなものが付いている物がある、ただし日本の鎧には弓矢を扱いやすくするため手には最低限の装甲しかされていなかったが、そこは柔術で補った。

格闘戦では、普通鎧を着込んでいる相手には殴る蹴るなどの攻撃はほとんど効果が期待できないが(素手で殴ると自分の手を傷める)、関節技は通常通り通用しやすい、日本の場合、剣術の補助としても有効な柔術が発達した。

2009年01月26日

ヘンリー・パーセル

ヘンリー・パーセル(Henry Purcell、1659年9月10日?-1695年11月21日)はイギリスの作曲家。活躍した時は17世紀のイギリスであり、イタリアやフランスの影響を受けつつ、独自の音楽を生み出したことで知られている。彼はそこで自らの才能を惜しみなく発揮し、もっとも優秀なイギリス人の作曲家の1人として知られている。

ウェストミンスターに生まれ、少年期には王室付属礼拝堂少年声楽隊の一員として、後には王室付きの調律師として活躍し、更に18歳の若さで王室弦楽団の常任作曲家の地位にまで上り詰めたという偉才の人物である。僅か36年でその生涯を終えるまでにも、ウェストミンスター寺院のオルガン奏者、王室礼拝堂のオルガン奏者などを歴任すると同時に祝賀音楽や劇場の付随音楽、合唱曲などの作曲を通して名声を高め、国王付きの音楽家にまで登りつめた。

この短い生涯の間に彼が残した曲はおよそ400曲以上あるが、どれもエリザベス朝時代のイギリス音楽が持つ諸要素と、彼が取り入れたイタリア・フランスの風が巧く融合し、自由奔放な彼独特の世界観を醸し出している。

なお、小惑星(4040)のパーセル (小惑星)は、彼に因んで命名された。

作品
作品の後につけられているZは、パーセルの作品目録の番号で、それ以外に4つあり、ZN は新発見された曲で、ZT は鍵盤楽器用の編曲で、ZD は疑作、ZS は偽作と分けている。

歌劇
ディドとエネアス Z.626
予言者、またはダイオクリージャン Z.627
アーサー王、またはブリテンの守護者 Z.628
妖精の女王 Z.629
インドの女王 Z.630
テンペスト、または魔法の島 Z.631
スノー モヘア サイトシス ネグロ ノンフ バルカ バチス ほうじゅん フラー レンズフ ラリア だるま ネコヤ ストリ ステッキ クスノキ サーベル シシウド スタジ レトリック ハイカラ マジッ ローレル シンデレ 交響曲 ブランク ウバイ リアル ブレス ゲイン ガイドヨニ ギアナユ パール ずきん テロップ パイレ ロコ リスボ ジャンク 冬中夏草 女神 ジャンプ亭 ケープ ノーダ オーバー フィアン イカの石 コロラド おみたま おもちゃか

劇付随音楽
アンセスのタイモン、または人間嫌い Z.632
アブデラザール、またはムーア人の復讐 Z.570(その中の第2曲「ロンドー」がベンジャミン・ブリテンの『青少年のための管弦楽入門』で変奏曲主題として使われている)
愚か者の出世、またはダンスタブルの3人の公爵 Z.571
アンフィトリオン、または2人のソシア Z.572
オーレン=ジーブ、偉大なモンゴル Z.573
ボンドゥカ、またはイギリスの女傑 Z.574
キルケー Z.575
スパルタの英雄クレオメネース Z.576
二枚舌 Z.592
重婚 Z.593
女傑たち Z.596
極道、極道ものの破滅 Z.600
パリの虐殺 Z.604(1曲のみ)
暴君の愛、高貴な殉教者 Z.613

疑作の舞台音楽
劇付随音楽 無視された美徳(不幸な征服者) ZD.200
夜が紫のヴェールを下ろす時 ZD.201(所属不明のソング)

器楽作品
3声のファンタジア Z.732~734
4声のファンタジア Z.735~744
1つの音の上のファンタジア Z.745
イン・ノミネ Z.746
イン・ノミネ Z.747
4つのパヴァン Z.748~751
3声のソナタ集 Z.790~801
4声のソナタ集 Z.802~811
トランペット・ソナタ第1番 ニ長調 Z.850

チェンバロ曲
エア ト長調 Z.641
コラント ト長調 Z.644
全音階によるグラウンド Z.645

オルガン曲
ヴァース ヘ長調 Z.716
詩篇第100に基づくヴォランタリー Z.721

アンセム
醒めよ醒めよ主の腕よ、力を着よ Z.1
願わくば神起きたまえ、その仇を散らしたまえ Z.23
わが愛する者語りて Z.28
神よ、汝の義もまたいと高し Z.59(未完)
汝に向かって叫ぶ Z.63

サーヴィス
サンクトゥス ト長調 ZD.90
テ・デウム ハ長調 ZD.91

カノン(声楽のための)
カノン・アレルヤ Z.101
主よ、我を憐れみたまえ Z.109
アレルヤ ハ長調 Z.110

聖歌
チャント第1番 Z.120
チャント第2番 Z.121
チャント第3番 Z.122
チャント第4番 Z.123
チャント第5番 Z.124
チャント第6番 Z.125

讃歌、詩篇、パートソング
ウォールサール Z.45
人生は短くて悲しみ多し Z.130
絶望の淵に投げ込まれ Z.142

歌曲、二重唱
目覚めて心して聴け Z.181
御身、眠らざる羊飼いよ Z.198
目は病み、疲れ Z.200

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