クラシック系現代音楽以外にも多くの
アナログ・シンセサイザーの発明(特にモーグ・シンセサイザー)により、電子音楽は飛躍的に発展し、クラシック系現代音楽以外にも多くの音楽ジャンルで用いられた。日本では冨田勲がアナログ・シンセサイザーを多く用いた作曲家として有名である。
テープレコーダーが比較的安価になり一般の手にも触れるようになったため、大学や放送局などの研究機関とかかわりのない在野の作曲家たちもテープ音楽の制作に参加できるようになった。スティーヴ・ライヒは、同じ録音で同じ長さのテープループを用い、同時に再生することでわずかな回転数のずれからディレイが生まれ、2つの周期がずれていくことに注目し、「カム・アウト」「イッツ・ゴンナ・レイン」などのテープ作品を生み出した。これがやがてミニマル・ミュージックのアイデアにつながっていく。
1980年代よりコンピュータを用いる音楽がそれまでの電子音楽に代わって主流となった。1976年に生まれたパリのポンピドゥー・センターの併設組織IRCAM(イルカム)は、現在でもなおヨーロッパのコンピュータ音楽の最先端の研究施設である。初代所長はピエール・ブーレーズ。生楽器を演奏して特定の音程や音色をマイクで拾い、瞬時にコンピュータによる音響処理に連動させるソフトウェアMAX(現在の名称はMAX-MSP)は、IRCAMで開発され現在では世界中で使われている。ブーレーズはこのソフトウェアを使った音楽作品として「レポン」、「二重の影の対話」、「シュル・アンシーズ」、「アンテーム2」などを書いている。ダルムシュタットやドナウエッシンゲンではライヴ・エレクトロニックという分野を特別に設けている。
パリにはもうひとつラジオ・フランス内にINAという組織が持つGRMというコンピュータ音楽研究施設があり、これをINA-GRM(イナグラム)と呼んでいる。こちらはジャン・クロード・リセ、リュック・フェラーリなどの作曲家を生み出した。INA-GRMは現在ではIRCAMと技術を競い合っている。
またイアニス・クセナキスはパリのフランス郵政省内のCEMAMu(数理的自動音楽研究センター)で、タブレットボードに線を描いて入力した図形を電子音響処理する装置UPIC(ユーピック)を開発し、湯浅譲二、高橋悠治及び嶋津武仁といった日本の作曲家たちの創造力を大いに刺激した。
イタリアのルイジ・ノーノはこれとは別に、ドイツのフライブルクのSWR南西ドイツ放送のハインリッヒ・シュトローベル財団の電子音楽スタジオに頻繁に通い、晩年の「アン・デア・ドナウ」などのライヴ・エレクトロニック電子音楽作品や、東京で初演された「ノ・アイ・カミノス、アイ・クエ・カミナール」等、傑作管弦楽曲の作曲の大きな助けとした。
アメリカのカリフォルニア大学、コロンビア大学、ドイツのロベルト・シューマン音楽大学やフライブルク音楽大学(メシアス・マエグアシュカ)・フランクフルト音楽大学・シュトットガルト音楽大学(エアハルト・カルコシュカ)・ベルリン工科大学などにも優れたコンピュータ音楽の研究施設があり、和声学・対位法・楽式・12音-セリエル技法等と並ぶ音響作曲法修得としての理論科・作曲科大学院学生の卒業試験の必須科目とされている。
これらの音響研究施設では、電子的に生み出される音響の研究のほか、作曲にかかわる理論をコンピュータに計算させることについても多く試みられている。現在の代表的な作曲用計算ソフトとしてオープン・ミュージックが挙げられる。
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一方商業用に一般販売されたシンセサイザーは、1982年に発明されたFM音源を用いたFMシンセサイザーにより大きく発展した。それまでのアナログ・シンセサイザーの原理である加算合成は音色を作るのに理論的な制限は無いが、複雑な音を得ようとすると何百何千という多数の回路とそれを処理する高性能な演算装置(つまり当時では大型コンピュータを意味する)が必要であり、そのような音色を得るための装置を作るには大学の研究施設並みの設備と資金が必要である。したがって一般的に販売される十数万円程度のアナログ・シンセサイザーの回路数は多くて十数個程度であり、音色もずいぶん制限された。それに対し、FMシンセサイザーは厳密に言えば音色は有限であるものの、FM音源回路は基本的には単音ごとにわずか2つの回路で音色を合成するために演算装置も簡単なもので良く、したがって経済的な視点から見ると、例えば十数万円といった同じ価格でこれまでよりもずっと多彩な音色を得られるようになった。初期の代表的な機種にヤマハのDX7があり、リチャード・タイテルバウム、ジャック・ギヨネが愛用した。